2024年11月11日月曜日

どん3の森 その2(大助さん一家)

11月11日 

どん3の森の北側、佐賀新聞社前の小川には河童の像が 4体あります。ところがこの小川、現在は護岸の破損が 目立ち、水も流れていません。

以前、地域の方から①栄ちゃんの看板が「鳥栖フューチ
ャーズ」になっている、「サガン鳥栖」に修正すべき、
②小川に水を流すように整備すべきでは、③整備しない
なら河童は水のあるところ(松原川)に帰すべきでは、
とのご意見をいただきました。
①については市の方で早速対応していただきましたが、
③の意味がわからなかったので、市立図書館で当時の資
料を調べてみました。すると・・・・

もともとこの河童一家は松原一丁目3番(玉屋本館西側、
佐賀新聞社の家屋があったところ)に住んでいました。
平成6年に佐賀新聞社が大和紡績跡(天神)に移転した
時、社長さんから松原川の河童たちに、遊びに来てくだ
さいと招待状が届きました。
長老河童の兵主部一家をはじめ、たくさんの河童たちが
遊びに行ったが、大和紡績跡地がきれいに生まれ変わっ
ていたので皆びっくりしました。
ある若い河童のお父さんが「私たちもここに住みたい」
と社長さんにお願いしたところ、市長さんに相談されて
住民票を移してくださった。めでたしめでたし、という
内容です。

この一家4名の名前は平成6年に公募され、9月に大助、
つむぎ、栄、夢太郎と命名されています。
ただこの小川、護岸の破損が目立ち水も流れていません。
松原川に戻った方がよいのか、皆さまはどう思われます
でしょうか。
皆様のご意見をお寄せください。
□□まとめブログ「さがし元気」□□























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